甘い台詞と甘い吐息で

関ジャニ∞さんと雑事

7年

また今年もこの日が来てしまった。

悲しい記憶、辛い記憶が蘇る1日が。

 

7年前の3月11日。

 

当たり前に過ごしてた日々が

当たり前じゃなくなってしまった日。

今は東京に近いところに住んでるけど、

またいつ、あの時のような地震が来るのかわからない。

今日かもしれない、明日かも、いや、1年、2年、数十年経ってからかもしれない。

あの日からそんな思いをしながら。

 

 

 

当時、東北に住んでた私。

生きてて経験したことのないような地震

避難訓練もちゃんと年に一度は受けてた。

でもそれがあの日は通じなかった。

地震で揺れてる時に停電が起きてしまい、

電気が止まり放送機能が止まった。

避難してくださいの放送も流れなかった。

しばらく揺れが続く中、自分の教室がある校舎の最上階に待機され続けてた。

その間にも揺れは襲って来る。

正直言って怖かった。

周りのクラスメイトは笑ってたけど、私は笑えなかった。

揺れが続く中、避難をはじめて、

いつも通ってる道にヒビが入ってて、

それが揺れとともに動いているのに恐怖を感じ、

大きな揺れが止まったら一旦その場にとどまりおさまったらまた避難開始の連続。

校庭に出ると、近くを走る新幹線が止まっていた。

校庭でもしばらく待機させられ。

それでも、続く余震。

山の方からは地鳴りのようなものも聞こえてた。

あるクラスメイトの子がボソリと言った。

「沿岸の方、津波6メートルとか言ってるよ」

それ本気の話?と思ったのが第一印象。

でもそれ以降、津波の話はしばらく入ってこなかった。

 

安全が取れて荷物取って家に帰った。

家に入ると床に破片が散乱してた。

食器棚が全部倒れてた。

自分らの部屋もものがあちこちから飛び出てて、

正直今すぐ片付けようという気持ちにはならなかった。

母と妹は家の中、父は車の中、祖父は町の公共施設でそれぞれ地震に遭遇してて、

祖母はあの日の午前中に県外へ旅立って、

旅立った地で地震にあった。

新幹線はしばらく止まってて、祖母と会えたのは4月に入ってからだった気がする。

結局その日は電気もガスも付かず、

ラジオの情報と手元にあった懐中電灯を頼りに

初めて家族でリビングで雑魚寝した。

その日の夜はどの建物も街灯も明かりが付いてなくて、

地震が続いていたのもあってすごい不気味な夜だった。

 

翌日。

本来は学校の卒業式だったけど、延期になり、

家の片付けを始めた。

もちろん、大きな余震はまだ続いていた。

ラジオの情報を聞いていると、

なんかとんでもないことが沿岸の地で起こってて、

でも耳で聞いてるだけでその瞬間を目にしてなかったから、

正直いうと今起こってることが想像しにくかった。

ただとても大きな被害が出てるんだって認識だった。

ただひたすら電気が通るのを待ち続けた。

地震の翌日も電気は通ってくれなくて、

また家族で雑魚寝してた。

 

3日目。

夕方になりようやく電気が通り始めた。

そこでテレビをつけてようやくことの酷さを思い知った。

見慣れた景色が消えている。

見たことのない波が町を襲っている。

今自分が見えてる山の向こう側でこのような景色が広がっているのか。

同じ県内で起こってることとは思えなかった。

繰り返し流れる津波の映像にただただ呆然としていた。

 

それから数週間がたち。

春休みを使って、県外にいる親戚や母型の祖父母のお家に物資を届けようということになり、

私と父2人で行くことになった。

初めてあんなに高速道路がデコボコになっているのを見た。

車がバウンドするくらいの。

今まで通り慣れてきた高速道路じゃないような気分だった。

幸い、親戚内で津波にのまれた人はいなかった。

でも、やはり知り合いの中にはのまれてしまった人もいたようで他人事のようには思えなかった。

 

そして去年の年末。

私は初めて津波が浸水して復興が進んでいる場所を車で走った。

震災が起きてから自分の地元はもちろん、東北の沿岸部の方に行くことがなかった。

忙しかったというのもある。

でもそれ以上に親しみ慣れた景色の現実を見るのがとても怖かった。

果てしなく続く更地。

かさ上げ工事が進む現地。

地震津波が来る前、この更地には多くの家が建っていて、

当たり前のように人々が生活をしていた。

それが一瞬にして全てが消え去った現実。

この7年、年に一度は津波の猛威を知る映像を幾度なく見てきて、

それが自分的には他人事には思えなくて。

いつか自分も目にするのではないか。

そんなふうに思いながら見てきた。

 

2018年3月11日2時46分。

ふるさとに向けてお祈りを捧げました。

今日からまた前を向いて生きていくために。

当たり前が当たり前じゃなくなる瞬間の恐ろしさを感じながら。

たまに思ってしまうんですよね、

例えば楽しみにしていたコンサートの日とか。

コンサート中、あるいは始まる前、あるいは終わった後。

ここで大きな地震が起きてしまったら?

知らない街にいて地震に遭遇したら?

あるいは海沿いにある施設(ヤフオクとか目の前海ですよね)にいて地震発生して津波が襲ってきたら?

私や友人、大切な人たち、あるいは周りにいる知らない人たちはどうなるの?

考えるだけで恐ろしい。

恐ろしいからどうかそのようなことが起こらないでほしいと祈る。

できればその先もずっと。

今日も明日もその次の日もずっとずっと大切な人・モノを大切にしながら。

今日からまた心のどこか奥に7年前の経験をしまいながら生きていこうと決意し、

このタイトルのブログを終わりにしたいと思います。